
私たちは日常の中で、数値や、すでに誰かによって評価されたものを、無意識のうちに「価値のあるもの」として受け取っている。誰もが情報を発信し、簡単に共有できる現在では、ものそのものと出会うより前に、認知や評判が先行し、価値が形づくられることも少なくない。
けれど、価値とは本当にそれだけだろうか。
理由をうまく説明できなくても、美しいと感じること。純粋に好きだと思うこと。心が動き、愛おしいと感じること。そうした主観的で、直感的で、自分自身に素直な感覚の中にも、価値があるのではないか。

anonismの始まりは、陶磁器に現れた小さな黒い点に目が留まったことだった。
陶磁器の製造過程では、鉄粉などの影響によって、表面に黒点が現れることがある。陶磁器産業では、それは「ほくろ」と呼ばれ、規格外と判断される場合がある。
けれど、私たちの目には、そのHOKUROは欠点ではなく、一つひとつ異なる個性として映った。同じ形の器であっても、HOKUROがあることで、それぞれに異なる表情が生まれる。
それは本当に、価値のないものなのか。
2026年は、美濃焼のメーカーから生まれたHOKUROのある陶磁器を起点に、日常の中で使うことのできる作品から、空間の中で向き合うアートピースまでを展開する。目的は、単に規格外品を再利用することではない。一度、価値から外れたものを見つめ直し、そこに新たな表現を加えたとき、人はそれをどのように受け取るのか。
日常の中で使うことのできる作品。
空間の中で向き合う作品。


作品を接点として、「価値とは何か」という問いをひらき、一人ひとりが持つ価値の感覚を言葉にし、誰かと共有する機会をつくる。自分が純粋に好きだと思うもの。心が踊るもの。これまで価値がないと思っていたけれど、改めて見ると愛おしく感じるもの。そうした一人ひとりの中にある「HOKURO的な存在」を言葉にしてみる。
anonismとして作品を発表するアーティストは、原則として匿名で活動する。匿名であることは、作り手の名前、経歴、知名度といった情報によって、作品の価値があらかじめ決められることを避けるための仕組みである。名前を隠すことが目的なのではない。名前より先に、作品と感覚が出会うための匿名性である。
理解するより先に、心が動くこと。理由は分からなくても、何度も見たくなること。触れたり、使ったりすることで、愛着が生まれること。正しく理解しようと構えるのではなく、自分なりの感覚で、もっと気軽に楽しんでもよいのではないだろうか。使うための作品と、見るための作品。そこに明確な境界を設けるのではなく、作品との関係を、それぞれの価値の感覚に委ねていく。

あなたにとってのHOKUROとは、何か。
そして、価値とは何か?
2026年9月2日(水) — 9月15日(火)
11:00 — 20:00
会場にて作品を販売
ISETAN SALONE
東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン・ガレリア
Lina Uchida(2026)
株式会社MESOR